2011年1月26日水曜日

凶悪犯に人権はない

昨日、秋葉原無差別殺傷事件の裁判が開かれました。
事件当時の責任能力の有無が問われています。
弁護側は、加藤被告が心神耗弱など精神的な異常であったと主張する方針のようです。
今までもこんなたぐいの事件では、いつも精神状態を問われます。
でも皆さん考えてみて下さい。
今まででも弁護側が責任能力を問い、精神異常を武器に無罪や減刑を勝ち取った犯罪者が数多くいます。
おかしくはないですか?
いつも思うのですが、殺人を起こす時点ではみんな異常なんですよ。もし、責任判断能力が正常なら殺人が出来るわけないでしょう。
こんな事を思うのは私だけなんでしょうか?
冤罪も考えられない明らかな事件で加藤被告が減刑になれば、国民からブーイングが出るのは必至です。
それにもかかわらず弁護側は被告を守るために、必ず人権を主張し戦います。
事件後に謝罪や反省の言葉が示されれば、被告の人権を高らかに叫びます。
それでいいのでしょうか!

『明らかな凶悪犯には人権はありません』

謝罪や反省が出来ると言うことは、その被告は正常な考えを持っていることになります。
そんな被告人でも事件当時は精神異常で判断能力が出来ないから無罪というならば、過去の犯罪者は全てが無罪になります。なぜなら正常な神経で殺人は犯せませんからね。
今回も加藤被告から謝罪反省文が出ています。よって、彼は正常な人間と判断出来ます。
弁護側も心神耗弱は取り上げず即結審し、上告もせずに終わらせるべきです。
それでこそ弁護士も正常な人間です。
こんなものは単なる税金の無駄遣いに他ならない。
冤罪も考えられないのだから、死刑執行も直ぐに行われるべきです。

ここで一番考えなければならないのが、被害者家族の気持ちです。
死刑で満足出来るのでしょうか。
何回殺しても飽き足らないくらいの心情ではないのでしょうか。
筆者は昨年も何回か刑罰について書きました。
死刑と無期懲役に大きな差があるので、被害者家族の気持ちを考えれば死刑を選択せざるを得ないのです。やはり、終身刑や刑の合算を制定すべきです。この事件では4つの罪が問われています。これを全て合わせれば少なくとも50年以上にはなるでしょう。
さらに、強制労働のシステムも早急に制定すべきです。
もう一度言います。
冤罪も考えられない凶悪犯には人権はありません。
従って、強制労働をさせても人権を侵害したことにはならないのです。
死ぬまで生きながら罪を反省することで、きっと死刑を選択するよりも、被害者家族の溜飲は下がるのではないでしょうか。

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